気づけば、奴は、いつも同じ席に座っていた。


俺の指定席は、机を一つ挟んでその後ろ側であったから、一度も、顔を見たことがなかった。
けれども、毎日毎日、奴はそこにいて、
いつでも分厚く難しそうな本を広げ、黙々と勉強していた。

話しかける者はなく、言葉を交わす相手もない。
その背中は、他を拒絶しているかのようにも見えた。
その背中の主が、着実に上位に食い込んできた学生だと知ったのは、いつ頃だっただろう。


その日も、いつものように図書室へと向かった。


『彼』は、今日もまたいつもと同じように、いつもの席に座っていた。

ちらりと窺うと、これまたいつもと同じように、随分と分厚く小難しそうな本を広げている。


俺もいつもと同じように黙って自分の指定席に向かおうとした、そのつま先に何かが当たった。

(……うん? このペンは……)

使い込まれた万年筆。
そんなに高価なものではなかったが、とても丁寧に扱われているようだった。

間違いない。
このペンの持ち主を、俺は知っている。


「……これ。落としたようだぞ」

思い切って声をかけると、意外にもすぐ返事があった。

「あァ、どうも――」

だが、顔を上げたのは一瞬で、すぐに伏せたため、やはり顔かたちはよく判らない。
ペンを受け取ると、何かをぶつぶつと呟いている。

「これは――
すまない、クラスメイトかと――」

同じクラスの連中とは、良く会話をするんだろうか。
それにしても、聞き取りにくい話し方をする。

「いや……」

いわゆる人見知りというヤツかもしれないな、とは思ったが、正直、暗いやつだな、と思った。

「おーい、悪いがここのところの計算を教えてくれ」

声のほうを振り向くと、同級生の顔がある。

「またか? しょうのないやつだな……」

それきり、『彼』と口を利いたことは特になかった。




万年筆のやり取りからも、根暗そうだな、と、なんとなく敬遠していたのも事実だ。
だが、どんな話の流れであったのか、いつの間にか奴の名を知ることにもなった。


――そして


「これは、誰が書いたのだ?」
「知らないか? 一年の――ほら、図書室でよく一緒になるだろう。」


奴の書いた、英語の歌を読んだとき。
衝撃を受けた。

あの丸まった背中からは想像もできない、なんと洗練された文字。
情熱を込めた圧倒的な言葉の羅列。
力強く、繊細で、目の前にその情景が浮かびそうなほどの表現力――


直接、話をしてみたい


そう、思った――



















写真:MIZUTAMA  

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