闇使
―ヤミ ツカイ―

― 序章 ―





―【闇使】(やみつかい)―


それは、人と魔の狭間に生きるモノ





「―――シッ」
「え?」

ふいに聞こえた、小さくも鋭い声音に、俺は思わず振り向いてしまった。
とりあえず不自然にならないよう、さりげなく辺りを見回してみる。


(…女の子?)


ちょうどこの辺りの街灯が切れているために、いまいち顔は分からない。
だが、シルエットからいってほんの少女のようであった。


「…良いから、黙っていろ」
「なぁんで。こんなに近くにいるのに」
「まだ―――ていない」
「…それまで待つってのか? …やれやれ、気の長いことだ」
「良いから黙れ。気づかれる」
「はいはい」


(…他には、誰もいない…よなあ)


年は中学生くらいだろうか。
背筋をしゃんと伸ばし、凛とした感じの細身の女の子が一人で立っている。
一瞬大きく弾けるように光った街灯に照らされたその顔は
びっくりするくらい美少女で、俺は思わずまじまじと見てしまった。
向こうもさすがにそれに気づいたのか、
ちらりと視線を寄越されて、慌てて視線を外す。

変質者の出没が多々叫ばれる昨今、いくら美少女とはいえ、
真夜中にこんな小さな少女をじろじろ見ていたと思われたら、
自分もその変質者の仲間だと思われても文句を言えないだろう。


(でもびっくりしたぁ。…ものすごい美少女だよ。
アイドルとかの作り物の顔じゃない。こんな子、本当にいるんだなァ)


ただ不自然だと言える事は、こんな真夜中に
そんな小さな女の子が一人で歩いているという事。
そして、もう一つ―――その少女の、奇妙とも言える服装だった。

俺が知ってる着物、に、近いといえば近い気がするが、
少女のそれは随分と着崩しているようにも見える。
帯は長い布のようなもので代用され、結んだ先は長くひらひらと落ち、
着物の裾は大きく開かれ、足が膝辺りから完全に見えている。

ちらっともう一度伺うと、手首と足首に同じ色の布を巻きつけ、
なんと、少女の足はこの寒空の中、はだしという出で立ちだ。

服装だけでかなり違和感を感じたのだが、少女の美しさが
俺の恐怖感を取り除いていたと言ってもいい。
奇妙な感じはするものの、不思議と、怖ろしい感じはしなかった。


(…男の声が聞こえたと思ったけど。気のせいだったのかな)


そこまで考えた時、少女がすっと歩を進め、あっという間に
俺の目の前を通り過ぎ、闇の中に消えて行ってしまった。
思わず少女の行く先を目で追ってしまい、その時初めて彼女が、
一匹の真っ黒な大きな犬を連れているのだ、と言うことに気がついた。


(…犬の散歩だったのかな?)


何となく腕時計を見て俺はまさか、と思わず呟いた。
今日は友人との飲み会で、終電が終わってしまい
どうせ歩ける距離だと言って出てきたのだ。

腕時計の細い針は、深夜の3時を指していた。



―【闇使】(やみつかい)―


それは、人と魔の狭間に生きるモノ